協会情報

電気新聞 時評 ウエーブ「南の島に目をむけると」

2020年5月7日
原子力安全推進協会顧問
松浦 祥次郎


去る3月1日に発行された学士會会報 No.941 に掲載された尾池和夫先生(地質学者、京都大学名誉教授、元同大学総長)の随想欄記事「日本ジオパークの十年」を読んで驚愕に近い衝撃を感じた。先生は10年間、日本ジオパーク委員会委員長を務められ、その退任に当たり、ご自身の活動を通じて、特に学ばれ考えられたことを、会報の随想欄に書き残すとしておられる。

その最終部分で、「私の提案は 人類が産み出した最大の負の遺産である、いわゆる“核のゴミ”を南鳥島に格納するというものである」と述べておられる。このご提案に筆者は「天啓」とも言える響きを覚えた。また、この提案がもし現実化すれば、南鳥島は我が国にとって東端の「天恵」とも言える島となるであろう。

南鳥島は東京都小笠原村に属する日本領土の最東端の絶海の孤島で、本州から約1800キロメートル離れた位置にある。島の形状は一辺約2キロメートルのほぼ正三角形、面積約1.5平方キロメートル、最高地点標高9メートルの小さい平坦な小島である。島の周辺はサンゴ礁で浅いが、その外は水深千メートルの絶壁である。

島の位置は太平洋プレートが生まれて約1億5千万年経過した所であり十分冷却している。島は白亜紀から新生代初期の火山活動で生まれたがマグマの活動は完全に終了している。先生は島を世界で最も安定した海洋プレート上の日本の領土であると評価されている。太平洋プレートは日本海溝に向かって約8センチメートル/年の速度で移動しているが、これはこの島が地球の中に潜り込むのは約100万年後であることを示している。

島に住民はいない。島の施設を運転管理する海上自衛隊と気象庁の職員のみが交代勤務をしており、その他は工事関係者などに限り特別許可を得て上陸できる。このことは、原子力問題で最近の困難のひとつとなっている司法リスク等が存在しないことを意味する。

以上の条件を考えると、南鳥島は交通運輸の困難以外には、高レベル放射性廃棄物処分場とする上での大きな問題は無いようである。南鳥島が原子力関係者の中で高レベル廃棄物処分場の候補に提案されなかったのはなぜか。

筆者自身、40年ほど以前であるが太平洋の無人環礁島に使用済み核燃料の保管所設置可能性評価をする日米共同研究に一時的にせよ関与した経験を持ちながら、海洋性視野を拓けなかったことを深く反省したい。

日本列島に当初住み始めた人々は全て海からの渡来人であり、その人々の生き方が海洋性的であったことは多くの貝塚遺跡が実証している。

その後の長い歴史時代を通じて列島社会の文明・文化進化の源はほぼ大陸からの導入・舶来物であった。それらを適宜に取捨選択しながら列島社会特有の文明・文化を作り上げて来た。特に稲作が社会的エネルギーと権力の基盤となってからは、海洋性的特性を残しながらも、大陸性的特性が圧倒的になったと考えられる。それが我が国社会の頑丈な基盤を構成した。人々の土地や土への執着の強さにそれを観る。

しかし、人類文明に何千年来の変革が混乱の中で予感される現在、我々は視野と認識の大陸性的特性と海洋性的特性への発展的融合を決意すべきではなかろうか。尾池先生ご提案の実現への挑戦がその契機ともなると確信する。

以上