協会情報

電気新聞 時評 ウエーブ「スマホのリスク」

平成30年7月13日
原子力安全推進協会顧問
松浦 祥次郎


福島事故以降における筆者の仕事は特に原子力発電所運営における安全上のリスク低減が最重要課題となった。どのような分野に関するリスクであれ、リスクは想定事象が実際に発生するまではバーチャルで実態を確認し難く、極めて厄介なものである。さらに社会的リスクとの比較考量の必要から原子力関係以外のリスクについても関心を持つことが必要である。

最近、気懸りなのがスマートフォンの普及に伴う社会的リスク評価である。人類の歴史を振り返れば、それ以前の時代に存在しなかった事物がその利益の大きさ故に大々的に生活に使用されるようになった時には、大きな正の効果と、かなりの負の影響すなわち社会的災厄が生じている。社会は時をかけて損益判断をし、使用の継続と拡大の是非を判断してきた。

人知の発達、文明の興隆が次々と新奇の事物を社会に送り出し、社会を急速に変える状況は20世紀に入って一段と加速の度を増し、ついに軍事技術においては、最先端技術の不適切な使用が人類の滅亡をもたらす最終的リスク段階にまで至っている。

スマホの利用ははるかに平和的だが、朝夕の通勤電車内のスマホ利用者比率の高さは異常感を抑えきれない。報道を見ても全世界にスマホが大普及していることが如実に示されている。その便利さが現代人気質によほど合致したのであろうが、ここに不適切なコンセプトやイノベーションが侵入した場合の将来的世界リスクはどう分析評価されているのであろうか。

スマホ、SNS、AI、ビッグデータ、クラウド、報道システムなどの先端技術が最先端の脳科学の知見と結びつき、無意識のうちに一般公衆の思考を左右する可能性は絶無であろうか。ここで思い起されるのは、20世紀の中ごろから時々報道されて来たサブリミナル効果の不適切使用である。

我々の知覚認識は耳目に達する全ての情報信号を脳内の無意識領域のレベルで瞬時に分析処理され、個人にとって有用と判断された情報のみが意識レベルへ選択的に到達し、それらを我々は得られた全ての情報だと意識上で認識して行動しているようである。端的に言えば、我々は見たいものだけを見、聞きたいものだけを聞いているというわけである。

しかし、実際には意識的認識には上がらないが、はるかに多くの情報を把握し、それらを不要として処理している。もし、ある文脈の情報の中に、その文脈とは無関係だが、ある有意の情報を極端に短いパケットにして潜り込ませると、このパケットは受け手の無意識領域に影響を及ぼし、受け手は自己が意識的に判断したとして行動する可能性があるとのことで、これがサブリミナル効果と言われている。この効果は19世紀末の心理学者によって指摘されているが、事実かどうかは現在でも明確な結論に至っていないらしい。換言すればリスクとしての否定がされていないのである。

現在のように世界情勢が混沌の度合いを深め、かつ民主主義共和国と称しながら独裁的な強国が世界の動向を左右し始める予兆を示している現況では、注意を怠らず、念には念を入れた慎重な予備的調査・検討が不可避と懸念する。

原子力安全文化において最重要の3要素とされる「これでよいかを常に問い直す姿勢」「厳格で慎重な対応」「全方位的で確実な情報伝達」を全社会活動で醸成・堅持する体制を確立すべきである。

以上