協会情報

電気新聞 時評 ウエーブ「天災から天啓に」

平成30年5月7日
原子力安全推進協会理事長
松浦 祥次郎


福島第一原子力発電所事故から7年経ち多くの発生事象の実態が徐々に根拠を付して議論され、明らかになってきた。その経緯で悩みもさらに深く、大きくなってきた。

悩みといえば、最近の脳科学の研究成果が、日本人の特性について極めて興味深い事実を示している。人の情感、思考、行動などは脳内ホルモンのバランスに強く影響を受けるという。中でも「幸福のホルモン」とも呼ばれるセロトニンの脳内濃度に大きく影響する遺伝子には高能力のL型と低能力のS型があり、人類はこの遺伝子の組み合わせで大ざっぱに3種類(LL、SL、SS型)に分類されるという。そしてLL型は楽天的に、SS型は神経質で不安になりやすいという。

この3種類の分布には大きな地域差があり、日本人はSS型が約70%と多く、LL型は2%と世界で最少だったとある。これは先行きについて過剰な懸念・心配をする特徴を持つという。日本人のみでなく、一般に中国、韓国など東アジアでは他地域よりSS型、SL型の割合が多くなっている。

ところで現在、福島事故後の状況を受けた2度目のエネルギー基本計画の審議が進行中であり、これに関する有識者懇談会の概要が先日報道された。それによれば、「原子力発電利用に対する基本的政策は変更しない。原子力発電は基盤的重要電源とするが可能な限り低減させる。一方、再生可能エネルギーは新たに主要電源と位置付ける」とされている。この結果は、上述の日本社会の心的傾向、すなわち「とにかく心配だから良さそうなことは何でもやっておこう」がエネルギー基本政策の議論にそのまま現れた感がある。

原子力発電の世界的実績と再生可能エネルギーの不確実な可能性のそれぞれに適正な配慮をしたと思えないこの結果に対して、内外のエネルギー専門家からは厳しい批判的意見が示されている。

現今は福島事故により我が国民・社会の大半に原子力利用に対する強い不安が生じ、あたかもトラウマのように定着したかのような状況にある。このような中では原子力を将来的選択肢として残すにしても、可能な限り低減するという政治的選択肢はやむを得ないとも考えられる。

しかし、我が国の地政学的および地理学的環境と、高度の文明社会生活の長期的維持発展を考えれば、福島事故によって生じた原子力利用に対する一般的心情を緩解し、原子力発電を現実的選択とするべきではなかろうか。それにはまず不可欠な二つの大問題があると考える。

その第一は、現在の軽水炉技術と運用能力が福島事故のような外的要因による事象に対しても十分に対応でき、事故に至る可能性が現実的には無視できるほどに小さいことを日本社会と世界が理解できるように説明することである。原子力規制委員会と原子力界はこれに必死で取り組みつつある。

第二は、事故炉解体で排出される高・中・低レベル放射性廃棄物の廃棄処分場を、解体作業やデブリ取り出し作業に着手する以前に決定しておくことである。これは第一の問題より格段に困難であるが、これが解決しないことには福島事故を我が国は超えることができない。大津波という天災で始まった福島事故であるが、日本社会の心的傾向を乗り越えることができれば日本はこの災害を「天啓」として銘記できるであろう。

以上