協会情報

電気新聞 時評 ウエーブ「RIDMの活用」

平成30年2月27日
原子力安全推進協会理事長
松浦 祥次郎


つい先頃、「原子力発電の安全性向上におけるリスク情報の活用について」を主題にした公開シンポジウムが、電力中央研究所・原子力リスク研究センターの主催で開催された(本紙2月9日既報)。表題にあるRIDMというのはシンポジウムの主題を現実化する基本概念リスク・インフォームド・デシジョン・メーキングの頭文字をとった略号である。

このシンポジウムへの原子力発電事業関係者の高い関心の背景には、原子力規制委員会の新規制検査制度が2019年度の試行的導入に続き、20年度から本格的に施行されることがある。すなわち、新制度に適合し、安全かつ安定的な原子力発電所運営を継続するためには、RIDMの効果的な活用が極めて重要であると規制当局にも事業者にも認識されてきた経緯がある。

これまで、ほとんどの技術体系は技術的経験と実証的試験研究に基づく確かな方法論と技術基準、それらによって判断される技術的適合範囲に基づいて実物が構築され、さらに改善が加えられ成熟段階に至って来た。このような進展は「決定論的判断」による成果と考えられてきた。

1950年代に開始された民生用原子力発電技術体系の開発利用への挑戦にも、この決定論的判断を採用してきた。特に、原子力技術体系には「利用によって生じる放射性物質と放射線による障害が人と環境に与えるリスクを実際的に可能な限り低減する」という特有の前提と使命がある。このため数次の世界的原子炉大事故ごとに安全確保を追求する基本思想や技術体系およびその運用体制に大きなパラダイムシフトが生じた。

それらの中でTMI事故からは、決定論的判断のみでなく、確率論的評価を活用しての判断の重要性が示され、安全性向上の考え方に大きなパラダイムシフトの可能性と必要性が生じた。

TMI事故以前では「PWR型炉の最大事故は大口径主蒸気配管破断であるが、そのような事象は工学的に非現実的で事故発生の可能性は無い」と考えられていた。しかし実際には中小口径配管破断レベルの事象が炉心破壊につながる大事故をもたらしたのだった。そして事故の数年前に確率論的リスク評価(PRA)によってそのことが既に予測されていたため、PRAの可能性が強く認識された。

TMI事故以後、米国を中心にPRA研究とその活用が強力に進められ、やがて米国の規制当局NRCは規制の客観性、実効性を向上させるのにPRAを実務的に使用し始めた。なお、この発展の推進力を与えた計算科学技術の驚異的な進歩の寄与は絶大であった。

NRCは従来の決定論的リスク評価と新しい確率論的リスク評価を総合的に融合させてRIDMという戦略的手法を創り出した。さらにNRCは規制の科学的合理性の強化、規制資源を重要課題に選択的集中、および電力事業者の自主的安全性向上努力の奨励を企図して、21世紀初頭から新規制手法ROP(原子炉監視プロセス)を施行した。RIDMはその中心的手法となっている。

このROPの成果は顕著と評価されている。「実施には規制当局にも事業者にも多大な準備努力と不退転の決意が肝要であった」とは導入当時のNRC指導層の述懐である。我が国の規制当局と事業者の挑戦の決意と真摯な努力の結果が社会から適切な認知を得る時期の早い到来を切望する。

以上