協会情報

電気新聞「時評」 高レベル放射性廃棄物処分

平成29年8月29日
原子力安全推進協会理事長
松浦 祥次郎


7月末に政府は原子力発電に伴って発生する高レベル放射性廃棄物(HLW)の地層処分に関する「科学的特性マップ」を提示した。このマップは日本地図の全域にわたって科学的・技術的見地から地層処分への適性を4色に塗り分け提示したものである。多くの新聞紙上で1ページ全面が用いられた地図が掲載されたので、大半の国民も目にしたであろう。

どのようなタイプにせよ核分裂発電炉を使用する限り、発電に伴ってHLWが発生するのは不可避であり、またその永久的安全処分も不可欠であることは原子力発電導入の当初から自明であった。

それにもかかわらず、世界のどの商用原子力発電導入国においてもその使用から半世紀近い現在もなおHLW処分場は定常運用に至っていないのが実際である。

しかし、処分場が設置不可能と確定されれば、時を置かずに原子力発電の使用を断念せざるを得ないのもまた自明である。

これほど設置の不可欠が自明であるにもかかわらず、またそれぞれの関係者が相当な努力を継続的に払って来たにもかかわらず、最終処分場の運用なしに原子力発電を継続できたのは、ひとえに原子力発電の大きな二つの特徴によると考えられる。

第一には発電電力量の膨大さに比べてHLWの排出量が他の発電技術に比して極端に少ないことである。それゆえ仮置きでも安全管理が十分にできれば実際上の差し障りはない。一方、火力発電では圧倒的な排出量である炭酸ガスは環境に放出して終わりとされていたが、その付けが巨大な環境問題となって全世界に押し寄せつつある。

第二はHLWの処分技術の開発が原子力利用開発の初期から世界的に相当の努力が傾注され、かなり以前に各種の実証試験をも含めてほぼ実用的段階に至っていたことがあげられる。処分場の適性については各国・地域でそれぞれの調査検討が進められ、科学的、技術的適性についての認識が共有されるようになっていた。

我が国においては旧動力炉・核燃料開発事業団(PNC)の担当部局を中心に世界的知見の集積と技術開発努力が重ねられ、それらの結果が通称「2000年レポート」として公表されている。これによれば我が国には相当の広さで適性を有する地域が存在することが克明に示されている。政府は公募形式で適性地確認調査を自治体に募ったが、反対の壁は高く厚 く、この方式は推進できなかった。

今回提示されたマップによれば我が国には科学的および技術的にHLW処分場として適性のある面積は約30%存在するという。いわば科学技術的には処分場の設置は何ら問題はないというに等しい実態があることが明示されている。

このことは日本社会が挑戦すべき壁は科学・技術の壁ではなく、日本社会自体の社会と政治、その底にある集団的社会心理にあるということを暗示している。

放射性廃棄物処分場の立地問題のみならず、原子力関係の解決困難な諸問題の最重要な根幹的課題が必ずしも科学・技術の問題ではなく、社会的・組織的要因によるものであることは過去の我が国の大きな原子力事故・事件、「原子力船むつ」や「高速増殖原型炉もんじゅ」を顧みれば直ちに判明する。

最近の世界や自然環境の激変を見ると、日本社会が文明社会として生きるための将来の科学・技術そしてエネルギー問題を冷徹に考え、そして確固とした選択を絶えず行えるようにするには社会も国家も相当の覚悟をもって当たらなくてはならない時期に近づきつつあるように感じざるを得ない。HLW処分場の設置選択は、我々の覚悟の重要な表明の一つではないか。

以上