協会情報

電気新聞「時評」 原子力リスクへの立ち向かい方

平成27年9月16日
原子力安全推進協会代表
松浦 祥次郎


人類はリスクに果敢に立ち向かうことで文明を切り拓いてきたと言っても間違いないように思う。火を使い始めたのはその最初期のことであったし、栽培や牧畜を始めたのはさらに大きなリスクを採ったといえる。

今ではリスクの定義を「好ましくないことの発生する可能性とその大きさ」としているが、元来は「損害発生の可能性はあるが、逆に大きな利益を得る可能性がある」という意味合いが強かったのではないか。たとえば証券市場では「リスクを採る」という表現を後者のように用いている。

ところでリスクを評価する対象、即ち「社会にとって好ましくないこと」は時代と地域により大きく変化してきた。

人類の近代文明は欧州のルネサンスから革新の大きな潮流が興り、大航海時代を経て17~18世紀の諸科学・技術の基盤発展を跳躍台として19~20世紀の圧倒的な現代文明の飛躍への道を拓いた。

この欧州において、人々が極端に好ましくないこととして全力で対抗したのは他民族、他国による侵略であった。欧州は地球の他の地域に比較して極限的な自然災害が圧倒的に低頻度である。人による災厄が主であるなら、人々の知恵と力を結集することで対抗できるし、克服もできる。そして欧州や、その大きな枝としての米州は地域と世界を席巻してきた。このような歴史的実践と達成は、その地域の人々に「人が知恵と力で挑戦し、克服できないものはない」との基盤的な認識構造をもたらしたであろう。原子力利用のリスクに対してもそのように立ち向かい、敢然と挑戦しようとするであろう。社会はその挑戦が真摯で周到かつ慎重であるなら、それに信頼と同意を与えると思われる。

一方、この日本列島で歴史を拓いてきた我々が社会のリスクに立ち向かう基盤構造はどのように構築されてきたであろう。

日本列島は人の居住に好適な南北緯度にあり、東西には照葉樹林帯に覆われている。したがって明媚な風光に恵まれ、相当数の人が住む生活圏としては、世界中で最も恵まれた地域の一つである。

しかしながら環太平洋地震・火山帯に位置する地理的環境のために、大自然災害に耐えなくてはならなかった。何十年、何百年ごとに襲ってくる大天災には全く抵抗のすべがない。まともに立ち向かって防止することなど人間技では不可能で減災、避災が関の山である。このような大天災に遭遇した時は、不運と諦めて生活を再構築するしかない。

一方、人間起因のリスク、即ち争乱騒動はあっても天災ほどのことは無く、「和敬」の心が比較的によく尊ばれ、徹底的な殺戮に至るような事変は極めて少ない。お互いに信頼し合うことで大方は収まってきた。日本列島で7世紀頃に国家が形成されて以来現在までに、平安時代と江戸時代という長期の平和が二度もあったという歴史がこれを実証している。

このように大天災のリスクには真っ向から挑戦することを諦め、人間起因のリスクには「和」と「信頼」で処理することで構築された社会は、原子力リスクに対してどのように向き合うことができるか。

一つは、日本社会に実在する長く堅い信頼関係の実例研究から、その信頼関係を構築している諸要因の関係性を明らかにし、長期的信頼構築の知恵を得ることが必須である。これは社会科学の領域であろう。

もう一つは、欧米と同じく、リスク低減或は安全性向上への継続的な真摯で周到かつ慎重な原子力界の努力を社会に示すこと。同時に長期にわたる原子力利用の採否双方のリスクを明瞭かつ公正に示す。ここから原子力リスクへの社会の立ち向かい方が見えると期待する。

以上