協会情報

電気新聞「時評」 技術的良心・誠実さ

平成26年9月10日
原子力安全推進協会代表
松浦 祥次郎


つい最近の米国出張で強い感銘を受けた事項の一つは、原子力発電事業における自主的安全性向上を追求する意識の一つとして「テクニカル・コンシエンス…技術的良心あるいは技術的誠実さ」が極めて重視されていることであった。現代的ハイテクの成果と考えられるような施設や構造物でありながら、過去に大きな災害を引き起こした事故がいくつもある。その根源を追求すると、十全といっても過言でないような事故防正対策が準備されているにも拘わらず、ごく些細な技術的判断の誤りが重大事故のきっかけとなっているケースが想像以上に多いという事実が明らかになった、とのことである。そして、この些細な技術的判断の誤りは関係者に厳正で実効的な技術的良心・誠実さがあれば十分に防止可能なのである。このことが技術的良心・誠実さへの関心を改めて喚起することになったのである。

この厳しい事実を典型的に示した重大事故の例は1986年1月28日に発生した米国のスペース・シャトルチャレンジャー号の爆発事故である。同機は打ち上げ直後に分解し、乗組員7名が犠牲になった宇宙開発史上最大の悲惨な事故であり、世界に大衝撃を与えた。

事故原因調査のため大統領委員会(ロジャース委員会)が組織された。調査が明らかにした根本原因は固体燃料補助ロケットの密閉用O(オー)リングの発進時破損であった。

このOリングは低温で柔軟性と強度が劣化し、密閉性を失う材料であった。不幸なことに発射当日の朝は特に気温が低く、Oリングは十分な性能を有していなかった。このことを懸念した製造企業の技術者は打ち上げの危険性を会社の上司に進言したが、それは握り潰され、結果として発射が強行され大事故に至った。

この顛末はBBCによってテレビドラマ化され2013年に公開された。調査委員会の委員であった有名なノーベル賞物理学者ファインマン博士が、氷水を満たしたコップの中でOリング材料がいかに脆くなるかを実証した聴聞会の場面は、今も筆者の記憶に鮮明に残っている。

現場技術者、管理者、経営者、プロジェクト推進者等の「テクニカル・コンシエンス…技術的良心・誠実さ」が確実に機能することの重要性が如実に示されている。

振り返って見れば、我が国の原子力開発史上に大きな影響を与えた事故においても、技術的良心が効果的に機能しなかった事例が散見される。たとえば、原子力船「むつ」の放射線漏れ、JCO臨界事故、高速増殖原型炉もんじゅのナトリウム漏れなど、担当技術者や管理者がもう少し技術者として良心、誠実性、慎重さを発揮しておれば、あれほどの社会的批判を受け、大きな損害をもたらすことはなかったのではないか。

筆者は現在、もんじゅ改革に必死に取り組んでいるが、ナトリウム漏れの元を辿れば、それほど設計が難しいものでもない温度計鞘の設計ミスである。このことは技術的良心・誠実さ欠如の恐ろしさを示している。

技術的良心・誠実さは安全文化の重要な特性の一部を構成するものでもある。しかし、意識の持ちようを考えてみると、安全文化という態度・特性よりずっと具体的で把握しやすく、その醸成や維持もはるかに具体性があるように感じる。安全文化体現のアプローチの手段として、技術的良心・誠実さの向上を心掛けるのは非常に効果的であると思われる。

そしてもう一つ、昨年も今年も米国出張で改めて感銘を受けたのは、即物的側面に対する以上に、心的態度・機能の向上に大きな関心と努力が払われていることであった。米国的プラグマティズムが変身しつつあるのであろうか。

以上