協会情報

電気新聞「時評」 監督の力

平成26年4月16日
原子力安全推進協会代表
松浦 祥次郎


 監督さんという言葉から人々が直ちに思い起こすのは、野球やサッカーの監督であろう。しかし、ここで話題にしたいのは種々の作業現場で、数人の部下や作業員・運転員を指揮、監督、教育する人達であり、現場監督、班長、直長、チームリーダー、あるいは以前では棒心などと呼ばれている人達である。

 この人達が担当の仕事に実力と誇りを持ち、しっかりと責任を果たすことが仕事を確実にかつ効率よく進めるうえで重要なことは当然であるが、同時に施設の安全を確保する上で極めて重要である。

 このことは、子供の頃に道路工事を興味津々と眺めていた時にも感じ、「監督さんはえらいのだなあ」と印象づけられたが、昭和30年代に旧原研に入所して原子力施設で仕事をするようになって改めてその認識を強くした。

 ところが、いつの頃からか「監督さんが弱くなったのか。ひょっとすると以前のような監督さんはひどく少なくなってしまったのか」と思わざるを得ないような場面に会うようになってきた。

 旧原子力安全委員会の仕事を平成12年から6年間勤めたが、その時期はJCO事故の直後であり、また原子力発電事業で種々の不適切事案やトラブルが頻発したことから、原子力事業における安全文化の醸成・堅持が改めて問われる状況にあった。その時に現場の従事者と安全文化について認識や意識を共有する目的で国内の主要な原子力事業サイトを訪問し、現場の従事者と意見交換する機会をもった。その際の意見交換でしばしば指摘されたのは「現場に棒心がいなくなった」という実態であった。現場の監督力が弱体化したとの嘆声を聞かされた。

 そして、現在の状況である。最近は仕事柄、原子力発電現場における自主的安全レビューの状況に接する機会が多い。それから察すると、監督力の弱さに起因すると判断される事案が少なからず認められる。ほとんどは必ずしも直接的に現場の危険や、原子力安全問題に及ぶものではないが、それらが蓄積し、相互に繋がると安全問題に至る懸念が生じる。すなわちリスクを高める要因となる。

 これまでに発生した事故やトラブルの原因の多くが、原子炉システムのコンポーネントの接合部や境界部分にあることは特に注意されるべきである。そのような部分への目配りの周到さは監督の力に依存することが多い。また接合部の重要さは設備のみでなく、組織においても同様であり、監督は現場と管理層や企画・経営層との重要な接合部を担ってきた。

 福島第二原子力発電所が現場一丸となって、あの巨大津波から発電所を守り抜いた事実は、真に緊急時のレジリエンスを発揮した賞賛に値する対応であった。もちろん所長以下の冷静な判断とリーダーシップもあったが、現場管理層との緊密な関係構築にも優秀な現場監督の存在は不可欠である。

 安全文化的事業運営においては、特に経営トップのコミットメントが重要とされているが、先端の作業現場を束ねる監督力が弱くては、トップのコミットメントをしっかりと受け止める現場力が構造的に欠如してしまうことになる。

 上述の現場での意見交換では、監督の力を弱体化した原因について種々の指摘がなされていた。仕事の技術的変化、アウトソーシングの増加による仕事の態様の構造的変化、教育システムの変化、社会的変化等々である。

 しかし、より根源的には、「現場監督」レベルが果たすべき仕事の重要性が、多くの変化の中で見過ごされ、社会や組織における現場監督の評価が低下したのではないか。通常運転時におけるリスク低減のためにも、緊急時対応能力強化のためにも、今一度、監督力の強化、その人材育成を総合的に考慮しなおすべきではなかろうか。

以上