協会情報

電気新聞「時評」 隕石への対応は杞憂か

平成25年3月1日
原子力安全推進協会代表
松浦 祥次郎


チェリャビンスク(ロシア)に去る2月15日朝に落下したチェバルクリ隕石は、原子力安全確保の継続的向上を目指す身には大変に難しい問題を伴って来た。通勤途上の市民が車載カメラで捉えた隕石の飛跡と爆発時の輝く火球は驚異の空中ページェントであった。しかし、「チェリャビンスクにはいくつかの原子力施設があるはずだが」と思い出した途端に気持ちはさっと冷えた。おそらくこのように感じた原子力関係者が多く居たのではないか。

間もなく、あの破局的な大津波が起因となった福島第一原発事故発生から2年が経つ。この事故は我が国には勿論、世界の原子力発電の安全確保思想に強烈なパラダイムシフト、構造変革、の必要性を迫るものだった。

原子力安全確保は原子力利用に伴う放射線被曝のリスクから人と環境を防護することを目的として深層防護の考え方を基盤に据えて構築され、遂行されてきた。これまでも、TMI2号炉とチェルノブイリ4号炉の2度の大事故を契機としてパラダイムシフトを迫られ、強硬な対応が図られた。前者では炉心が溶融崩壊したが、周辺への放射性物質の放散はまぬがれた。後者では炉心が爆発と大火災を起し、大量の放射性物質を環境に放散した。二つの原子炉の構造と事故原因は全く異なるが、共通するのはいずれの事故も関係者が予想もしなかったものであり、かつ原子炉の内的事象を起因とすることであった。

福島の事故については、米国機械学会が我が国の事故調査報告書に基づいて分析し作成した報告書「新しい原子力安全体制の構築」において「破局的な自然災害が引き金となって発生し、大量の放射性物質を環境に放散した、現行軽水炉50年余の歴史において初めての外的事象起因の大事故である」と総括しており、他の多くの専門学協会の報告書論調も同様である。さらに、「現在の軽水炉技術は適切な設備と運営の準備があれば、福島が経験したような破局的な外的事象にも十分に対応可能である。しかし、極めて稀であるが影響が絶大な外的事象への対応については、今後の研究が不可欠」との認識も、世界的に共通となっている。

すなわち、新しい原子力安全確保パラダイムの要諦は破局的外的事象起因による大事故への対応を如何に準備するかにある。我が国の原子力規制委員会が最近公表し、現在パブリックコメントを募集中の新安全基準の骨子(案)においてもこの点は強く意識され、過酷事故対策が特に強調されている。

そこへ今回の隕石落下である。隕石の落下は別段珍しいことではない。しかしほとんどは落下途中で燃え尽きるため、地上への到達はごく稀で人間社会に特段の被害を及ぼすものでない。先日の隕石は多くの人や建物に被害を与えた初めてのケースでないかと言われている。とはいえ、地球の歴史では隕石落下によって凄まじい影響が生じたケースも確認されている。約6500万年昔にメキシコ・ユカタン半島に巨大隕石が落下したことによって恐竜や多くの生物が絶滅したとされている。そして、このようなこのような事象がほぼ7000万年毎に起こってきたともいわれている。極めて稀な事象であるが事実である。

これまで、原子力安全確保に隕石落下は考慮されていない。新安全基準(案)でも考慮外である。筆者も直ちに考慮の必要があるとも思わない。しかし、実被害の発生を見ればせめてリスク評価はしてみなくてはとも思う。これは世界の課題であり、世界の専門家に相談して、原子力利用への隕石リスク評価を試みてはどうか。杞憂であろうか。原子力利用の安全目標の基準設定に役立つように思われるが。

以上