協会情報

電気新聞「時評」 新原子力ビジョン

平成29年4月11日
原子力安全推進協会理事長
松浦 祥次郎


車検の更新時にエネルギーについて印象的な話に出会った。日本のハイブリッド車性能がダントツに良くなり、他国では競争の場をEVに置き換えると戦略転換を明確にしたとのこと。電池性能の進歩が技術的要因である。ハイブリッド車は機械と電気の総合が複雑で、ダントツの競争相手には到底追いつけないと判断したらしい。

燃費節減と環境保全を目指すものであるが、社会全体では電気エネルギーの利用増加を予測させる。そこで必然的に問題となるのは、将来の電源確保である。

福島第一原子力発電所事故後、わが国世論の大勢は原子力利用の低減、さらには撒退への方向に向かっている。エネルギー自給率は綱渡りもよいところの低値を続けざるを得ない状態にある。

世界中でテロなど異常事態が次々に発生しながらも、大きな争乱には至らず化石燃料の供給が順調に続けられているおかげで、世論はエネルギー供給の脆弱性にまるで無関心である。しかし、保護主義の世界的潮流が起こりつつある状況を見ると、ここで警鐘を鳴らす必要を痛感せざるを得ない。

古くには食、即ち生命を保つためエネルギー確保をめぐる種族間の争いが常態であり、時として民族の大移動が発生した。産業革命以後はエネルギー資源獲得のため、広域での覇権を求めて、数次の戦乱、大戦が発生した。この歴史的事実を思い起こし、対応策を準備するのは、未来に対する厳しく不可避な義務である。

わが国の地政学的位置と化石エネルギー資源皆無の事実を考えれば、エネルギーの自給率を社会の安定安寧を確保できるレベルまで自力で上昇させるには、再生可能エネルギー(水力、風力、太陽光)と核エネルギーを利用する以外に手段はないとの認識と決心が不可欠である。

現在および将来のエネルギー使用状況を予想すれば、電力の利用が圧倒的に重要であることに疑義はない。かつ大電力量の超安定長期貯蔵は科学技術的、経済的に想定不可能である。

再生可能エネルギーはたとえ量的に確保可能でも変動が不可避であり、相当量のバックアップ電源か電池が必要となるが、これは経済的に成立が困難である。

やはり、長期的安定電源には原子力利用が最適と考えざるを得ない。もちろん現在技術の高度な熟達と異常事態への十分な準備による徹底的な安全性の確保が大前提となる。

核燃料の最大の特長の一つは、元素の核構造の中に膨大なエネルギーが核子の質量として姿を変えて蓄積されており、核分裂核(例えばウラン235)が中性子により核分裂をしたときにそのエネルギーが放出される。たとえば、1グラムのウラン235が核分裂した時には約千キロワット・日のエネルギーが発生する。このことは核燃料が安定なエネルギー蓄積材料として理想的であることを示している。

なお、天然ウランは陸上の限られた鉱山で採掘されるが、海水中には極微小濃度ながら膨大な量が溶けて存在している。これを採取する基礎技術は1990年代に旧原研・高崎研究所で開発され、青森と沖縄の海域での実証試験でキログラムほどのウランを採取している。最近、この技術の改良研究が日・米・中の共同研究プロジェクトで進められ、注目すべき成果が得られたと報じられている。これは、原子力技術によってわが国のエネルギー自給率を各段に増強できることを意味している。

福島事故から、わが国原子力界が社会のために安全な原子力をどのように再構築していくかを世界中が注視している。将来社会への責務を果たすため、まず原子力科学技術の可能性を冷静に評価しなおし、社会的ステークホルダーと共に新原子力ビジョン構築にとりかかるべき時期ではないか。



以上