協会情報

電気新聞「時評」 見たいものだけが見える

平成26年6月10日
原子力安全推進協会代表
松浦 祥次郎


原子力の利用においては安全確保に特別の配慮が必要なことは、原子力開発の挑戦者達も深く認識していたに違いない。彼らは目指している装置が膨大で高密度のエネルギーを発生する能力を持ち、エネルギー発生の根源となる核分裂反応が必然的に高エネルギーの多種の放射線と放射性物質を発生することを誰よりもよく知っていたからである。すべての文明の所産は人類にとって良いものと幾ばくかの悪いものを伴っているが、原子力エネルギーは、その両面を高密度かつ多量に内包している。

この故に、原子力エネルギー利用では特別に配慮されるべきリスクがあることはすでに当初から認識されており、軍事用としても民生用としても、そのリスク管理は20世紀後半以降で最重要の国際的課題となってきた。リスクが現実化したいくつかの大事故を経験しながらも、国際的に全面的使用禁止とされていないのは人類にとって民生用エネルギー需要の膨大さの予測、化石エネルギーの大量使用に伴う資源・環境リスクへの懸念等がある一方、原子力エネルギーの供給潜在力の大きさ及び安全確保向上への期待ゆえであろう。

福島第一原子力発電所事故の教訓として、原子力専門家の中で特に厳しく反省されたのは、我が国原子力界におけるリスク認識の甘さであった。リスク認識とそれに基づく対応については、しばしば三つの要件、リスクアセスメント、リスクコミュニケーション、リスクマネージメントがあげられる。これらの要件を実際的活動として展開する場合、それぞれの要件は適用する理論的枠組みや運用の技術的専門分野が異なり、活動に適する組織的特性にも無視できない差異がある。このためか、これまではたとえばリスクアセスメントとリスクコミュニケーションは関連性が深いことは認識されていたとしても、実際の活動は別々に実施されてきた。

原子力特有のリスクを踏まえた上で、個別事業体から行政組織までの各々のレベルにおいて、これらの三要件を緊密に連携させ、全体として最高の実効性を発揮できるように備えること(リスクガバナンス)こそが重要であるとの認識を深めた。

たまたま、つい先日リスクガバナンスの構築や機能に関して専門家の講話を聴く機会を得た。筆者が最も強い印象を覚えさせられたのは「人間は押しなべて、見たいものだけがよく見えるという特性を持っている。これがリスクガバナンスを阻害するきわめて大きい原因になる」との一節であった。

この特性、むしろ弱点、欠陥は見る、聞くという感覚機能に付随するのみでなく、考えるという思考機能にも付随すると理解するべきであろう。見たいものは見えるが、見たくないものは見えないとか、あるいは考えたいことのみよく考えるが、考えたくないことは上の空とか、誰しも経験のあることである。これは普通の努力では直るものではない。

リスク抑制に重要な安全確保システムの構築や、その確認・検査にこのような弱点が入り込むのは何としても防止しなくてはならない。これは安全確保の第一義的責任を有する事業者が最大の努力を払うのは当然ながら、やはり第三者的視点の重用を考えざるを得ない。たとえば関連専門学協会の基準の活用である。

この弱点の克服は事業者側のみでなく、事業者の安全確保活動を監視する規制側にも求められることである。規制側の見たいことと、被規制側の見たいことは視点が異なっており、相互補完的に視点が機能すればリスクガバナンスの実効性向上に大きい貢献が期待される。ただ、厄介なことには、見たい意思が強すぎると、「似て非なるもの」を見てしまうこともある。これもガバナンス阻害の要因になる。

以上