協会情報

電気新聞「時評」 安全性向上の指導的理念

平成25年8月1日
原子力安全推進協会代表
松浦 祥次郎


原子力規制委員会により新しく制定された安全基準が施行され、それに基づく審査が開始される運びとなった。原子力基本政策再構築の議論も開始されようとしている。また、未だ原発事故で避難させられた人達の多くが帰宅できない状態にあるが、事故炉の廃炉措置ロードマップがより現実的なものに改定され具体性が明らかになってきている。この先のイメージが未だ明確ではないとしても、我が国の原子力エネルギー利用のあり方が新しい方向を指し始めたことは間違いないと言える。

どの方向に向かうにしても、世界最大級の原子力事故に曝された我々としては、新しく困難な方向への挑戦のためには何らかの指導的理念を強固に据え付けて置くことが不可欠と思われる。例えば、原子力安全向上に関する新しい挑戦は今後最も重要な課題であり、これについて、種々の対応策が提案され、検討され、実施に移される。そのそれぞれの段階ごとに、その指導的理念に照らして常に適否・是非を問直すことで、より適切な判断に拠る事ができる。

ところで、昨年夏に公表された我が国の政府事故調査委員会報告書、国会事故調査委員会報告書、東京電力事故報告書、及びこれらに示された情報に基づいて、その後に編纂された内外の専門的組織等による事故報告書において、事故原因に関する共通の指摘或いは所見が認められる。それは、我が国の過去の原子力研究・開発・利用を担い推進してきた産官学界には、原子力導入に不可欠なインテグリティの認識に広義の意味において大きな欠如があったのではないかとの指摘或いは反省である。

このことを筆者自身がはっきりと再認識させられたのは、つい先頃の米国出張であった。この出張は、今後の原子力安全向上に関する活動について原子力発電事業者協会(INPO)と意見交換を目的としたものであるが、良い機会なので原子力規制委員会(NRC)や原子力エネルギー協会(NEI)幹部とも面談を行った。

よく知られているようにTMI2号炉事故後の米国での原子力発電事業の安全確保向上は、それぞれが極めて強い独立性を有する三機関NRC・INPO・NEIが構成する三角構造の強力な指導力と衡平な調整力によって実効的に展開してきた歴史がある。

訪問したどの機関の雰囲気にも、また面談した全ての人達からも、原子力安全のレベルをより向上させようとする使命感の底にインテグリティへの信仰心にも近いような憧憬とも言えるものを強烈に感じさせられた。部屋の壁にも、卓上にも、スタッフの胸のIDカードにも「INTEGRITY」があった。

帰国後、あらためて意味と使用法、語意の変遷を調べてみた。もともとはラテン語で「完全」を意味した語で、それが高潔、誠実、完全な状態、無傷等を表す語になり、その動詞形INTEGRATEには「種々の要素を集めて統合性のある一体にする」との意がある。このことを原子力安全向上の立場から見れば、インテグリティを指導的理念とするということは「原子力活動に関するあらゆる要素を考えに入れて、安全確保のレベルの完全性を目指して努力し続ける」ことになる。

このインテグリティが視野に含む要素はハードの機器・設備の強化のみでなく、人的要素、組織的要素、例えば責任感に裏付けられた専門的能力、指導力、先見的洞察、透明性、説明責任、事実重視、積極的協力、情報共有等ソフト的要素が重要要素として含まれる。

インテグリティを指導的理念に据えてエクセレンスを目指して努力を継続するというのは非常に困難な事業である。しかし、原子力を今後も事業として選択するにはこれに挑戦する覚悟が不可避なのではないかと予感される。

以上