協会情報

電気新聞 時評 ウエーブ「可能性と壁(3)ためらい」

2019年8月29日
原子力安全推進協会顧問
松浦 祥次郎


今年4月の原産年次大会では、その基調テーマに則して今後の原子力利用に期待される幅広く、奥の深い可能性が種々示された。原子力利用にはエネルギー利用面(発電)と非エネルギー利用面(発電以外の諸工業、農業、医薬、諸科学技術)とがある。一般には原子力利用と言えば、まず原子力発電が思い浮かべられるのは、過去の社会的事情からやむを得ない。しかし、今回の大会では非エネルギー面での原子力利用可能性について改めて多くが語られた。

原子力委員会においても、以前からしばしば指摘されているように、原子力の非エネルギー利用について一般の理解が深まるのは非常に望ましいことである。事実として非エネルギー利用面は着実に拡大を続けており、さらに今後の科学技術的イノベーションにも大きな役割を果たすと期待される。今のところ社会的にも非エネルギー面での受容性に何ら困難はなさそうに見える。

このことは、「原子力利用の非エネルギー面」という意識自体が一般的には希薄なためかもしれない。例えば、スマートフォンを愛用しているほとんどの人は、その主要な電子部品の材料生産や、設計・製造に中性子線ドーピングや最先端放射線リソグラフィーが重要な技術として使用されているとは思いもよらないことであろう。

同様に、一般にほとんど意識されていない事実であるが、我が国で原子力利用のエネルギー面と非エネルギー面における経済効果が2000年前後の頃ではほぼ同程度であったことである。これは旧原研・高崎研究所による2度の専門的調査で確認されており、同様の結果が同時期の米国での調査でも示されている。おそらく10年までは同様であったと思われる。

社会における経済効果が同レベルの高さであるにもかかわらず、その社会的受容性において双方に大きな差異が生じているのが実態である。

さて、福島事故から8年が過ぎたが、エネルギー面における原子力利用を将来的にどうするか社会全体として決意をためらったままで時間だけは冷酷に進んでいる。日本社会全体が「ゆでガエル」状態にあるのではないか。

福島事故後、最初に原子力のエネルギー利用を可能な限り具体的に早期に放棄すると決定したのはドイツ政府であった。そして、代替エネルギーとして再生可能エネルギーの大量導入を実施した。一見、成功したかのような報道も再々にあるが、最近の経済統計を観ると予想外の厳しさにあえいでいるようだ。「他山の石」のことわざが聞こえる気がする。

他方で「脱炭素社会の実現には原子力のエネルギー利用が不可避である」との諸諭も方々の権威筋から連続的に発信されるようにもなってきている。それに応じて、安全性の向上をうたい文句にした中・小型モジュラー型原子炉への開発動向が現実化のレベルを上げながら伝えられる。

我が国は一刻も早くためらいを振り切り、原子力エネルギー利用について決意すべきである。まず国会議員の決意を望みたいが、現在の社会状況では選挙を意識すると明確な意思表示は難しいであろう。ならば、原子力エネルギー利用に関わる志の篤い草葬(学者、研究者、専門技術者、地域住民、ジャーナリスト、一般市民等)にその嗜矢を委ねたい。

以上