協会情報

電気新聞「時評」 自主的安全規制

平成25年9月27日
原子力安全推進協会代表
松浦 祥次郎


原子力エネルギー利用における安全確保を国家権力による安全規制が要求する以上に高めるには、安全確保に第一義的責任を有する事業者自らが公的規制要求以上の安全レベルを自主的に追求し続ける努力が不可避である。


このような指摘を初めて明示したのはTMI2号炉事故(米国、1979年)に関するケメニー報告であった。これは原子力発電事業の安全確保においては公的安全規制にもまして自主的安全規制が極めて重要であることを示したものである。

 

この指摘の重要性に強く影響された米国の原子力発電事業者は、自分たちの安全確保レベルの向上を継続的に評価し、指導し、支援する独立の組織INPO(原子力発電運転協会)を設立した。INPOは曲折を経ながらも、強い指導と、高い技術力を持って活動を続け、設立後34年の現在、その成果は米国原子力発電事業がその安全確保と運営状況の双方において極めて高いレベルに到達したことに大きく貢献している。

 

また、フランスにおいてもTMI2号炉事故後、同様の認識が原子力発電事業関係者間に持たれた。フランスの発電事業者EDFは国営であり、米国とは事情が異なるが、こと安全確保への重要性認識は同様であり、EDF内に独立の組織IGSN(原子力安全総合監察官)がほぼ同時期に設置され、専門家の視点と独立した分析により、高い成果を得ている。興味深いことに、双方の歴代トップを見ると元海軍提督が多い。原子力海軍の指導力と専門的技術力の高さが民用原子力事業の安全確保レベルを向上するのに大きく貢献しているわけである。またいずれも、公的規制機関のNRC(米)やASN(仏)と原子力安全確保に関する情報交換を緊密に行っている。

 

一方、世界全体にわたる原子力発電事業者の自主的安全性向上についての活動は、チェルノブイリ4号炉事故(旧ソ連、1986年)の衝撃が契機となってWANO(世界原子力発電事業者協会)が1989年に設立された。WANOは本部をロンドンに置き、地区センターをアトランタ、モスクワ、パリ、東京に置いている。そのミッションは世界の原子力発電事業者が相互に協力して技術支援、情報交換、模範事例の競合を通じて事業の達成度評価、標準化、向上を図り、もって全世界の原子力発電プラントの安全性と信頼性を最高度に高めることである。

 

さて、上記に関する我が国関係者の意識であるが、福島第一原子力発電所の過酷事故に関する政府および国会の報告書等に指摘されているように「事業者は国の安全基準だけを満たせばそれだけで十分に安全は確保できると考えていた。また、規制当局もそれを当然としていた。」という状況が長年続いていた。

 

原子力関連の度重なる事故や不祥事の反省から、我が国の原子力発電事業者による自主的安全確保向上を目指し、支援する組織が2005年にようやく設立された。さらに福島第一での過酷事故は原子力発電事業者の経営トップに深刻な衝撃と反省をもたらし、上記組織が昨年根本的に再構築され、INPOの理念と活動を模範とした、先の長い活動が遅ればせながら緒に就いたところである。

 

事業者の自主的安全規制の活動は他の産業分野でもすでに実績があるが、一般に社会は事業者によるこの種の活動には極めて冷厳な目を向けている。しかし、社会に対して地域的かつ長期的に大きな影響を及ぼす可能性のある事業は、その安全確保について公的規制の要求以上に事業者の自主的安全規制努力が要求され、かつそれに真摯に応じるのが今後の文明社会維持の不可避な条件になると考えられる。

以上