協会情報

電気新聞「時評」汚染水漏れ

平成25年4月19日
元日本原子力技術協会最高顧問
石川 迪夫


「とうとう漏れ出たか」、福島の汚染水漏れのニュースを聞いての僕の感想だ。こうなることは分かっていた。

考えても見られよ。一日400トンの地下水が、原子炉建屋に絶えず流れ込んでいるという。一度原子炉建屋に入った水は、法律上汚染水と見なされる。

汚染水は、処理して放射能レベルを許容値以下にすれば、海や河川への放出は世界的に容認されている。だが、福島第一原子力発電所の汚染水は、事故以降、海水中への放出が許されない。

だから、汚染水は増える一方だ。タンクを作っては溜め、貯水槽を作っては溜めた。際限がない。破綻することは分かっていた。汚染水漏れは天の警告だ。

この2年、東電は900余のタンクを作った。広かった発電所の敷地は、今タンクで一杯だ。それでも不足で地下貯水槽を補設した。この2月という。

この貯水槽3つとタンクとで総量約27.6万トンの汚染水がいま保管されている。東電は更にタンクを増設して、貯蔵容量を70万トンにまで拡大する構えと、4月7日付け朝日にあるが、それ以降はどうするのか。

一時凌ぎの増設は根本的解決に繋がらない。加えて無駄な費用を伴う。そのツケは、最終的に消費者の負担となる。心すべきだ。

解決方法は技術的には簡単だ。きちんと汚染を処理して海水中に放出すればよい。だが、感情的に反感が強いらしく、海中放出の声を耳にしたことがない。

誰しもが分かっているが、問題が面倒なので先送り、これが日本の政治であり、文化である。たが、忘れている。その先送り文化が、福島事故を招いた要因であったことを。「とうとう漏れ出たか」は、日本への慨嘆だ。

しこりは感情的なものだ。そのしこりを解きほぐすには、話し合うしかない。解決を必要とする当事者が走り回る以外にない。

失礼ながら、この問題解決に、当事者の東京電力社長が走り回って居られる姿が見えない。泣く子と地頭には勝てないと言うから、泣く子になって走り回るべきだろう。現に、安倍総理は普天間基地問題で走り回っておられるではないか。それが人を動かす。

規制委員会も同じだ。活断層だけが安全規制ではない。汚染水の処理処分は重要な規制対象だ。福島の事故現場の安全確保は生きた規制、課せられた最大の使命だ。

竹林の隠者のように現実から逃げ、形式的独善的と言われる態度を改め、東電と共に解決に向けて走り回るべきだろう。

海中放出に関わる利害関係者は数多い。納得を得るには、地元自治体の解決意欲が切り札だ。大所高所に立った決意を望む。

このためには、政府国会のイニシアチブも必要だろう。折角動き出したアベノミクス、汚染水漏れで躓いては情けない。

水の貯蔵は難しい。タンクを作っても、野外貯蔵はサビ易い。タンクが多ければ問題はおきる。

サビだけではない。微生物が繁殖して、想像できないような悪戯をする。これら微生物は皆放射性物質だ。問題が起きてからから慌てても、もう遅い。

僕はJPDRの廃炉経験を持つ。水の循環浄化を止めて原子炉の蓋を開けたところ、約2週間にしてアオコが炉内に発生した。炉内の線量は毎時約10シーベルト、人の住めない放射線環境下でも微生物は繁殖する。鼠もそうだった。

サビ、微生物、何れも水を溜めるから問題が起こる。その解決は一日も早く水を自然界に戻すことだ。処理して海水中に放出することだ。その具体方針を定め、国全体の合意を得ることに尽きる。

具体的方針さえ決まれば、能力の高い東電だ。現場の士気も上がり、作業ミスも減る。問題先送りの因習が、汚染水漏れの原因だ。

以上